ちん婆のフランクフルト旅行記 その4

ちん婆

2014年03月06日 11:31

3年ぶりのブログ再開のテーマは海外出張となってしまいました。

完全にアウトドアブログからは離れていますが、
ここは、慣れ親しんだ媒体なので活用させて頂きましょうw

文句ある?w

今回は、
先づはそこに至る経緯から話さなければいけませんね。


あの日(3.11)から無職になり、
いろいろあって、現在は石巻工房という職場で工房長として過ごしております。


オイラを知っている人なら、
「あれ?アイツ、確かアメリカ行って鮨を握るとか何とか言ってなかったけ?」
と、なりますが、
結論から申し上げて、
その目論見は失敗に終わりました囧rz




当初の予定では、震災の年の夏にはアメリカに渡り鮨屋で働くことになっていました。
そもそも、
アメリカ人のとある支援者ご夫妻が、

「顔の見える支援をしたいが、何か良い方法はないのか?」

というリクエストを受けて、
仙台のエージェントがラジオ石巻の番組で募集をかけた事がきっかけでした。

たまたまウチの奥さんがその放送を聞いていて、
ちょっと面白そうだから申し込んでみようか?
ってこになって、
オイラもその話に乗ったわけです。

そう、
完全にノリです。

だって、
募集条件は、
「家族で移住出来て、鮨を握ったことがある人w 最低でも3年間は住んで欲しい」

だよ( ̄▽ ̄)


お時間ある方、
続きを読むかからチェックイン!→
これって....

行かない理由が見つからないでしょ?

母親は津波で亡くしたし、
親父とやっていた鮨屋は全壊したし、
特に店の借金とかも残ってなかったら、
急いで復旧して鮨屋を再開するって話にならなかったのもあって、
どうせ鮨屋やるなら、海外にいってみようか?
って考えた訳です。
(まさにノリ)


話しはトントン拍子に進み、

後は労働ビザを申請→許可→渡米

となるはずでしたが、やはり"ノリ"だけでは巧くいくはずもなく、
2年の歳月の後、
アメリカ合衆国移民局から正式に申請却下という連絡が入りました。

かくして、この間の2年間、
ほんとうに沢山の方々から様々な協力をして頂きました。
未だお礼の一言も差し上げられませんが、
この場を借りて御礼申し上げます。

m(_ _)m



石巻工房について。



当初は就労ビザが下りるまでのバイトって事で仕事してました。
そう、
工房長と言う名のバイトw


東京で建築家をしている芦沢啓治という友人がいるんだけど、
震災後の石巻で彼の声がけで集まった、
建築家、デザイナー、キュレーター、
ウェブデザイナー、コピーライター等々、
彼ら彼女らの協力を得て、立ち上げたのがそもそもの始まり。


当初はホムセンにある工作室的な役割を果たせる、
市民工房として、
その後はハーマンミラーというアメリカの家具会社と共同して、
女川の仮設住宅で必要とされたベンチやスツール、縁台を届けたり。

でも、
その届け方はちょっと変わってて、
「魚をあげるのではく、魚の釣り方を教える」という届け方で、
つまり、
単にモノをあげるだけならそれで終わってしまう支援になるけど、
作り方を教えれば、
その先ずーっと何かの役に立つ...という支援。

面白いでしょ?

そんで、
その時の家具が色々なメディアで紹介されるようになると、
「TVで観たんだけど、あのベンチ売ってないの?」
「売ってれば買いたいんだけど...」
なんて問い合わせが入るようになったらしい。

始めは東京のメンバー主体で活動してたから、
逆に言うと地元で動ける人員が居ない。
材料や機材、場所はあるってのに...

そこで目を付けられたのがオイラってワケで、
その頃は無職でヒマしてたし、
同級生の料理屋でビヤガーデンとかのバイトして、結構状況を楽しんでた。
(餅さんに手伝ってもらいましたね。ああ懐かしいw)
↑彼のブログも更新が滞ってますねぇ

そんな訳で、
ベンチ1台作ったら幾らというバイトが始まったんですね。
オイラも市場に居るより、ホームセンターにいる時間の方が長かったくらい、
(事実ですけどナニカ?)
キャンプの次に日曜大工が趣味だったから、

これで飯を食えれば言う事無し!
ニヤリ

ってな具合で工房長してた訳ですが、
あの頃、
まさか自分がドイツに行くなんて考えても見なかったワケで、
転職が天職になった幸せなヤローであります。


その後、
鮨屋は復旧して再開してますが、
そこにオイラの姿はありません。


なんで息子(オイラの事)はやってないの?
という声が周りから聞こえて来ますが、そこはスルーw
代わりに、
なぜかウチの奥さんがお店を手伝ってるっていう、
ねじれた状態です(笑)


前置きが長くなりましたが、

そんなかんなで仕事をしているうちに、
規模がだんだん大きくなって、
始めはオイラ1人で作ってたのが、
今や6人のスタッフで切り盛りする工房に成長。

小さな奇跡が重なって、
国内販売に留まらず、

海外進出っ!

なんて事になってしまたんですね。


その小さな奇跡についてはいつかの機会に話すとして、
やっと(ブログ上でw)辿り着きました !
ドイツで行われる世界最大規模の国際見本市、

ambiente


アンビエンテってなに?
って方はコチラをご覧下さい。
(久々の勝手にリンク 問題あればご一報をm(_ _)m)


(会場入り口)


世界一だけあって、
広いのなんの...




建物郡だけで、
東京ドーム7個分の広さがあるそうです。

その建物郡、
展示するジャンルによって11+1の会場に分かれていまして、
工房の会場はホール11番。

入り口からそのブースに辿り着くのに、
動く歩道で移動しても30分かかります(汗)

初日は勝手が分からなかったので、
苦戦しましたが、
会場内をぐるぐるまわるシャトルバスとかが走っていて、
翌日からは難なく会場を行き来出来ましたが、
成田やフランクフルト空港とか比較にならないくらい広いです。
(当社比)

そんなかんなで、
石巻工房のブース。



えーと、皆さんこのレイアウトを覚えていて下さいね。

当初の予定通り、
こんな感じでレイアウトを施し、初日を迎えました。


で、
そこで出逢ったのが、ブロンド姉さんのアネッテ。


さっそく付けたあだ名が"アネッティ"
(人によってはアリエッティ)

今回、
見本市開催期間中、
寝食を共にし、愛し合った知り合った通訳さんです
(ウソ)

ドイツ語はもちろん、
日本語、英語、ロシア語まで話せる才女!
でも、
歳は最後まで教えてくれなかった...
永遠の二十歳(ハタチ)だって。
オイラと同じじゃんw
(いや、オイラは中二病か 永遠の中二病)

数年前に日本に住んでいたらしく、
日本で仕事を見つけようとしたや先にあの地震。
原発が危ないって言うんで、
両親に無理矢理ドイツに連れ戻されたそうです。
今でも、
機会があれば日本で仕事がしたいという思いが強いそうなので、
今度、工房で雇う事にしました。
って、これもウソw

...でも、
いつの日か、本当に彼女を雇えるくらいの工房にしたいものです。
もちろん担当は海外事業部v

その時は是非、工房に来て下さいね!


今回の見本市は、
ジェトロさんの協力のもとで出展出来たのですが、
無料のオプションで通訳さんを用意して頂けます。
で、
たまたまオイラのブース担当になったのがアネッティ。


良いんですかね?

私のようなオッサンに、
こんな奇麗なブロンド姉さんをあてがっちゃって。



( ̄▽ ̄)ニヤリ





初日から幸先良さそうですよ!








ーちょっと告知ー
来る3/9、NHKの「サキドリ」という番組で石巻工房...ってか、オイラが特集されますw
もちろん、
この旅、ドイツでの活躍も紹介されますので、
動画で観たいって奇特な方が居られましたら、
是非、ビデオの予約を忘れないで下さい。

はい、
今すぐ予約する。
後でやろうはバカやろうですからね!


ちなみに、
先日、宮城県のローカル番組「テレまさむね」にも出演させて頂きました。

客観的にテレビで観るオイラって、
自分が思っている以上に...



























デブゥー
(自爆)










で、ではまたぁ



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